『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子
第4話 はじめは「一」でいい
食の世界がなぜ「安心・安全」なんていうようになってしまったのか(第1話参照)という話。本当に「安心・安全」を求めるのなら、まずそのひとと会うことが大事なの。文章や絵で伝えると、間違いが生まれることがあるからね。そのやり方はいままでやってきてさ、それで信用を得ようとしてきたけど、それは本当の信用じゃないんだよ。 だって、スーパーのPOPに顔写真が載っているだけで消費者は「安全」だと思っちゃうんだから。「安心」はそれで買えるの。だけど、POPに顔が出ているからといって、農薬を使っていないとは限らないでしょう? 「安心・安全」っていう言葉がセットになっていることがまず間違いなんだ。「安心」と「安全」はまったく違うよ。安心して買えるものが安全かといえば、それは保証されていない。それにしても、どの世界でも安心・安全という言葉が流行のごとく使われているね。本当におもしろい時代になったものだと思うよ。
まずは、生産者が消費者と直に会っていく。これも「一」でいいんだ、まずは。そして、そのわかってくれた「一」のひとが口コミをしていく。実体験からいろいろなひとに伝えていく。これがひとつの基本パターンだね。 でもそれだと時間がかかってしまうから、セミナーみたいな方法で大勢を集める。そこでわかっていってもらうという方法がふたつめ。みっつめは、セミナーでもよくいっている、消費者に生産現場に来てもらって、生産者と話すこと。書物を通した情報発信は、必ずつくられている部分があるから、自分の目で確認にいくのが一番いいことなんだ。そこに実情があることを直接確かめる。
以前、ある消費者団体と一年間お付き合いしたことがある。そこのメンバーたちは「自然栽培の野菜を扱いたいなら千葉の高橋博に聞いてみろ。ただあのひとはちょっとうるさいから、こころして行けよ」っていわれていたらしいんだけど、農園へやって来てうちの歩みとか理論とかを話しているうちに「あれ、ふつうのひとじゃない」ってみんな感じたみたいで、「ぜひ勉強したい!」って。特にリーダーのおばちゃんが主体となって、わざわざ埼玉から千葉まで週に1回、勉強に来るんだ。こっちも一生懸命になって教えていたら、そのひと「毎日でもいい!」っていいだして。それはさすがにこっちがたまらないからやめてもらったけれど。 1年の勉強が終わったときに、本当にその女のひとが変わったんだよ。最初は、リーダーだけど、みんなが止むを得ずについてくるようなリーダーだったの。だから二人でいたときに、「あなたの組織、もう崩壊するよ」っていったの。「なんでですか?」っていうから、気付いた部分を教えてあげて、そうしたらそこから変わっていった。 そうしてやっているうちに、原発の問題が起きて、農家にいろいろな負担がかかってきた。彼女らは野菜を仕入れて会員みんなに分けているんだけど、会員にはちょっと高く買ってもらうんだ。その上前をはねて、積み立てておいてくれるんだよ。「高橋さんたちがいつかなにかで必要が生じたときに、使ってもらえるように集めています」って。自然栽培だけじゃなくて、そこまで勉強したからね。もうみんな50代のおばちゃんだけど、この農法のことを理解してくれてね。それも、この基本の考え方に惚れたんだろうな。
自然農法を理解してくれるひとたちって、健康志向で、子育てしているひとが多いんだ。子どもに安全なものを食べさせようとしている若いお母ちゃんとかね。「そのレベルじゃもったいないんだよー」っていったの。「あなたたちにも勉強になることがあるんだよー」って。「自然栽培の考え方は、あなたたちが組織をつくっていくにあたっての秘訣も学べるよー」って。そうやって生産者と消費者と流通の三位一体でやっていると、少しのミスくらいなら、許してもらえるんだ。お互いをよーく知っているからね。
今は、消費者も生産者も、やられればやりかえす、という姿勢になってしまっている。流通の都合で農家を泣かし、農家の都合で流通や消費者を泣かし、消費者の都合で農家を泣かし、ってね。そこになにが生まれる? 発展はないよね。 こんなこともあった。市場の競りのときにね、「何十番、高く競れ」って裏でやられるんだ。そうしてお金を稼ぐんだよ。全国どこの農家もそうやっているから、やらないと売れないんだ。そんな世界があたり前になっちゃうんだ。それがこの社会であり、この商売なわけだ。
そんななかでやってきて、ずっとおかしいよなぁ、と思ってはいたわけだよ。なんでそこまでしてお金とらなくちゃいけないんだろう、って。そこまでしないと農業ってできないの? って感じていた。わたしは農業って、もっと純粋なひとがやるものだと思っていたけれど、そうじゃなかった。だから20代のころに一度やめようと思ったの。 だってそうやって、人をだましながら一生を終えるのはいやだったからね。そのために生まれたんだとは思いたくなかった。だから農業に純粋さを求めたんだけど、「そんなきれいごとじゃ世の中渡れないよ」って言われちゃうわけ。「そんな甘ちゃんでは世の中渡れないよ」ってね。でもね、そんな純粋さを追い求めて、自然栽培と出合って、甘ちゃんでここまで生きてこられたよ。
高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」
・第1話 純粋なものでやっていく
・第2話 自分の感動が覚悟になる
・第3話 理想を理想じゃなくしよう
・第4話 はじめは「一」でいい
・第5話 入った毒は、自然がすぐに処理をしてくれる
・第6話 肩こりみたいな症状が土の中で起きている
・第7話 頭のなかの肥毒
・第8話 先を見て農業をやっていく
・第9話 自然流だと、最後はちゃんと実りがある
・第10話 大きな目標より目先のことから積み上げていくとうまくいく
・第11話 破壊のあとには必ず建設が待っている
・第12話 突いてばかりいるだけじゃなく、引いてみる
・第13話 一番いい種を残していく
・第14話(最終話) 自然に逆らわず、個性を認めあう
高橋博(たかはし・ひろし) 1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。 http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/
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