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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第10話 大きな目標より目先のことから積み上げていくとうまくいく

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第10話 大きな目標より目先のことから積み上げていくとうまくいく

普段から「仕事と作業は違う」ということを意識しながら仕事ができているか。そうしないと輝いていられないだろうね。たとえば、編集部のみなさんがやっていることでも、いまここに来て取材することが目的になってしまったら、この時間はいやなものになってしまう。だけどその先に、読者に喜んでもらいたいという目的をもっているから、がんばって続けられる。それが仕事だよね。
わたしたちも、畑に入ることが仕事だと思うと、いやになっちゃうんだ。真っ黒になるわ、汗かくわ、腰痛くなるわ。これが一生の仕事だと思うと、それだけですごく疲れてしまう。だけど、その作業をやらなければ、その先にある目標・仕事にいけない。みなさんの元へ野菜を届けることが本来の目標で仕事なんだ。

あるおじいさんが、「わたしはいま東京で定年を迎えて、福島に土地を設けて、そこで自然栽培をやろうと思っています。老後はスローライフを送りたいと思っています。いまもう72歳なんですけど、高橋さん、これからでもまだ間に合いますか?」って質問をしてくれたときも、わたしは「間に合う!」って言っちゃった。
そのひとは理屈で生きるようなタイプで、最初にいろいろな構想を考えて持ってくる。それで、なかなかうまくいかない、と悩んでいる。わたしがそこでいったのは、まず目先のことからやらなくてはいけないということ。そこから積み上げていくとスピードがついてくる。大きなところを目指すのはいいことだけど、逆に物事はうまくいかなくなるものなんだよ。そういうことを辛抱づよく伝えていった。他の研修生も「わたしもいろいろ経験してきたけど、やっぱり、一歩からやることが一番早い道ですよ」ってアドバイスしてくれて、しまいには「高橋さん、いまやるべきことをやればいいんですよね」って、わかってくれた。
「間に合う!」っていってしまった手前、どうしようかと思っていたから「よし!やった!」って思ったよ(笑)。小さな実行が大切というのは、わたしの理屈ではなくて、自然界がそういっているの。自然規範、自然順応、自然尊重のなかの自然規範と呼ばれているもので、自然から学ぶべき部分なんだ。

それからそのひとの72歳以降の人生をどういうものにするか、死ぬまでの間の計画を練ったよ。そしたらね、彼はひとつの小さな種を育ててみたいという希望を持っていた。その種は荒れ地でも育つから、まずそこから取り組んでみようと思ったの。この種を育てると、いい油がとれる。それをさらに続けると、いい繊維がとれる。そこでまず、目標を油をとることにおいて、死ぬまでにそれだけは達成できるようにしようと話し合った。自分では続けられなさそうになったら、若者に託そう、と。こういう計画をたてたんだ。
そりゃ、燃えるでしょう? 目標を達成するためには死んでなんていられないんだから。それからはイキイキしはじめちゃって、こちらが「もういいでしょ?」ってなるくらい(笑)。お年寄りはどのように死のうかって、そんなことばかり考えているけど、彼みたいに自分の仕事がある人は死んでいられないからイキイキしているよ。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第9話 自然流だと、最後はちゃんと実りがある

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第9話 自然流だと、最後はちゃんと実りがある

自然っておもしろいだろ? 自然農法は無料でこのおもしろさを体験できるんだから最高だよ。うちのかあちゃんなんて20年間ずっと反対していたけれど、「もう講師になれるぞ」っていうくらい詳しいよ。「お前、あれだけ反対していたのに、ここまでになったか」って思うくらい、芯からの話ができるようになった。離婚届けをもってくるほど反対されていたけど、実証があったから、「本当だ」となったわけさ。いつかうちのかあちゃんがどこかで講演することもあるんじゃないかな。農家の妻であるということにはどんな悩みがあるかとか、そういう話ができるじゃない。

うちのかあちゃんだったから、わたしはやってこられたんだよ。強い女で、家庭をちゃんと守ってくれたからな。12年前に家を建て直せたのも、かあちゃんのおかげ。貯金の額からしたら万全ではなかったんだけど、もうボロボロで子どもたちも友だちを家に呼べないほどだったから、ちょっと借金して、建て替えることができたんだよ。土地を売ったとかじゃなく、農業だけでだよ。持参金を削りながら生活していた頃もあったというのにね。
うちのメンバーが言うのは、「自然農法だけで家を建てられたのは、高橋さんのところだけ。だから力になる」って。「ちゃんとやっていれば、たとえ一般ほど収量があがらなかったとしても、なんとかなるんだ」って思ってくれる。まぁ、それでも贅沢は控えたよ。最初の頃は車もポンコツで、2〜3万円で友だちから買ったのに乗ってた。うちのかあちゃんは実家に帰るのに坂道を登らなくちゃならないんだけど、おばさんを乗せると、その車は重くて坂をあがれないんだって。おばさんに「降りて押そうか?」って言われるほどの車に乗っていたんだから。

農家っていうのは意外と付き合いが多いから、そういう出費もあった。家のなかの出費を詰めるしかなくて、親戚から「絶対に貧乏するぞ」なんて馬鹿にされたりもして、それはすごく辛かった。当時はまだ俺も理屈は達者だったけど、事実をだせていなかったからね。最初の10年くらいは大根も「小根」だったりして、売りものにならない野菜ができちゃうの。それでも食べてくれる消費者がいたから助かっていたけど、いまだったら廃棄されるレベルのものだよ。
親にも「世間がみてるじゃないか、みっともないからやめろ」とか厳しいこともいわれたね。それでも、「早いもの勝ちだ。早く毒抜いたほうが勝ちだ」って思っていたから、一般の農業をしていた分でなんとか収入をたてて続けてこられた。かあちゃんも、本当にピンチになったときはもう割り切ったといっていたね。お金が最低限なんとかなって、子どもたちに将来をかけて、俺はいないくらいのつもりで生きよう、と。そのうちに収入がたつようになってきたのよ。

世間から見て苦しそうなことも、わたしには楽しかったよ。わたしはいつでも、なにか問題が起こることを待っているんだ。試してみたいんだよ。自然の原理原則で解決してみたいんだ。だから、世間流の問題がでてくることが、いまは楽しい。自然にとってみれば簡単なことなのにね。まだまだ勉強したいなぁ、と思っているよ。そういうふうに変わった姿を、かあちゃんは認めてくれたんだろうな。

彼女もすごく穏やかになった。前はすごく強いというか、キツい女だったよ。きっとそうじゃないと生きられなかったんだろうね。最近は親戚にも「本当に穏やかな顔になったねぇ」と言われていたもの。そうじゃないといけないよな。本物を続けていれば最後はいいようになる。最後の最後まで苦しんで終わるものは、嘘だから。自然はそういうふうになっているの。人間流は苦しみで終わるかもしれない。自然流だと最後はちゃんと実りがあるんだよね。種を蒔いて育てるときは嵐がきたり、いろいろなことがあるけど、ちゃんと実はなるんだ。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第8話 先を見て農業をやっていく

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第8話 先を見て農業をやっていく

うち(自然農法成田生産組合)の規格は厳しいよ。わたしが代表にいたときにそうしたの。そのくらい厳しい基準を設けないと、農家も土づくりに真剣にならないからね。基準を甘くして、どうでもいいというふうにすると、農家の人たちは努力しなくなって、努力しないとお金にもならなくなる。結果、経済的にも農家にとってよくないことが起こる。
肥毒が抜けたいい土のほうが収量が上がるね。収量が上がらないと価格が上がって今度は消費者を泣かせるんだ。農家も自分たちの生活があるから、高く買ってよ、となる。だから、昔(の自然栽培の野菜)はいまの倍の値段だったよ。だけどこれは許されないだろうと思ったの。
そうして、農家が努力するにはどうすればよいかと考えて、組合の規格を経済連規格にして厳しくしてみた。それから、土がついたまま出荷してはいけないようにした。だって土つきだったら、虫がついていたとしても、ごまかせてしまっていたから。最初のうちは土の件にしても、反発をくらったよ。「消費者は洗わなくていいといっているじゃないか」とね。そのときはそれでも強引に押し切った。それは、そのほうが農家のためになるからと思ったから。消費者のためでなく、農家のためであることを強調してね。
最初は厳しくスタートしたんだけど、それから「洗わなくてもいい」っていう消費者がでたら、それがものすごく楽に感じるようになった。「選別もそれほど細かくやらなくてもいい」となったら、それもものすごく楽に思えたりね。厳しい後の楽は、ものすごく楽なの。
わたしだって先生に教えてもらっていたときは、鞭、鞭、鞭、だよ。絶対に先生は飴くれねぇんだ。ぶたれてぶたれて、「痛てぇよー」といったら、それでまたぶたれるんだ。「この野郎、冷てぇ野郎だなー」って思ったものだよ。それでもね、そんなんだから、たまーにくれる飴が、ほんとに甘く感じるわけさ。自分がそうされてきたから、この育てかたをおぼえちゃった。飴と鞭なら、鞭優先。そのひとを思えば、一瞬そのひとに恨まれるくらいわけないからさ。

最初の頃は草、草、草。同時に肥毒抜きの準備もしていたし、大変だったね。最終的にうまくいっているところを見ても、みんな「自分にはできない」ってなっちゃうもんな。「俺んちもう終わりだもん」とか「俺んちは将来の金が欲しいんじゃない。いま金が欲しいんだ」っていうんだ。それがいまの農業。明日の生活が大変だから、5年先10年先の準備なんかできない。もし、今年で農業を終わらせるつもりのひとたちだったら、自然農法はやらないほうがいいと思うよ。
よくいうのは、「ここまでできるのに、なんでやらないの?」ってこと。このあたりでも、あと10年後には農業人口は半分になっちゃう。そういう先のないひとたちはやらないね。だけど、人類はまだ続くだろう、世界で食糧は必要だろう、という人たちは、先をみたなかでこういう農業をやっていくといい。これだけチマチマやっていて、この広い田んぼ・畑がいつになったら全部変わるんだろうと思うけど、わたしたちにはその自信があるからね。それは自然があらわしている。自然規範のなかでの答えだから。
わたしが編み出した方法で、高橋流で考えてわたしがやっているんだとしたら、「高橋式自然農法」とか名前つけて本を書いてるよ。でもそれをやらないのは、わたしの農業っていうのは、ただ自然界が編み出してくれた農業だからなんだよね。わたしはただ自然を代弁してしゃべるだけのことでね。だから、自分で本を書くなんていうのは、おこがましくてできないわけ。いまでこそ、インターネットとかいろいろな資料のわたしの名前はでているけど、それらのなかには自分から出したものはひとつもないからね。

肥毒が化学肥料だけのときはよかったんだけど、最近の畑の土は汚れてしまっているから。「河名(秀郎 ナチュラル・ハーモニー創業者)さん、これわたしたちが生きているうちに間に合うかなぁ。もしかしたら間に合わないかもしれないよ」、「でも、やるだけやろうやぁ。何人かの犠牲はしょうがないだろ」って話している。
日本はいまも土を汚しているんだ。大変な時代にはいってしまったんだよ。化学肥料の時代だったら肥毒は5年で抜けたからもしれない。でもいまは、さらに5年くらい肥毒抜きしなくちゃいけない。からだに入ってしまったらなかなかでてこないんだ。最近取り組みはじめたひとたちの畑は虫の大発生だよ。うちのメンバーもそうだけど、10年目になって大量発生とかね。それで肥毒は抜けてきれいになったけど、その畑の大根を全部捨てなくちゃいけなくなった。しょうがないことだけどね。

「本当に当たり前のこと」(第1回参照)がみんなできないんだよな。事実がでちまえば、それがあたり前になったと思えたひとたちがあたり前の生活をしてくれるよな。みんな鞭の時代を過ごしているから、こんな飴をみるとみんな、「本当だ!」と思うから。だから最初は鞭、鞭でいこうと思っているんだよ。
鞭を浴びせられたひとはきっと、「痛てぇ、痛てぇ」っていったろうな。だけども、そのあと絶対に「ありがとう」という言葉がでてくるから。本当にみんなここから卒業した連中が、手紙なんかで報告をくれるんだよ。「やっと独立しました!」とか「今年からはじまりました!」とかね、そういう報告が全国から届くよ。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第7話 頭のなかの肥毒

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第7話 頭のなかの肥毒

自然栽培の教えにある自然規範。そのなかにもいろいろな項目があって、うちの研修生たちはその10項目をすべて学ぶの。一年居ようと三年居ようと。面接を受けるひとたちすべてにいっているのは、「うちからは一銭もお金はでないからな」ということ。畑で何時間働こうと、お金はでないよ、って。その代わり教習料はもらわない。その条件を飲んだひとたちが研修生になるんだ。前までは住み込みもやっていたけれど、いまはもうやっていないから、研修生はみんなアパートに入ってもらうしかないんだ。そうすると、アパート代と食いっぷちは稼ぐしかないんだよ。で、どうしようかとなったわけだけど、ちょうど隣町にナチュラル・ハーモニーの宅配センターがあったから、そこで週3回のバイトをやらせてもらえるようになったわけ。

で、ひとによっては週3でなく、毎日バイトをしないと生活していけない人もいる。そうするとね、毎日働かないといけないひとが、ひがみはじめるんだよ。だから、「ひがんだってなにも生まれないんだよ」っていってやるの。もしほかの人と同じ条件でやりたいのなら、ナチュラル・ハーモニーの始業時間、9時よりも前にうちに来て、就業時間の17時のあとにうちに来るしかないだろう、と。

そうしたらさ、本当にそういう時間に通ってくるわけよ。そうして学んでいって。ここでの研修で特徴的なのは、技術は学べないというところ。そういうものはアパートで一般書でも読んでくれてたらいい。うちでそこまで教えている時間はないからね。それよりも、自然を感知する能力をひっぱりだすことに集中する。
でもさ、ある40歳くらいの男性なんかは、それまでの過去や経験が邪魔して、その力が入っていかないケースもあった。頭のなかに肥毒があるんだよ。そのひとは、なにか教えてあげると、「そうですね」って返事をするんだ。ふつうは「そうですか」でしょ。「そうですね」ってのはつまり、「自分は知っています」ってことだよね。だからもう、わたしもいわなくなっちゃって。いってもらえないというのは辛いんだよ。

そう思ったから、それからは彼には特別に力を入れて指導するようにしたんだ。そうしたら、一年目のある日から一週間、畑にでてこなくなっちゃった。二年目なんか、一か月こなくなっちゃった。家の外から呼びかけていたらようやくドアが開いて、中からでてきたその男は、もう魂が抜けたようになっているんだ。そこで怒るでもなしに、「生きてるのがわかったから、帰る」っていって、わたしも引き上げてさ。そうしたらまた畑にくるようになったけど、またみっちり指導されるわけ。でも、それからはみんな以上に耐えていたな。

そこから彼は少しずつ変わっていって、みんなにかける言葉なんかもよくなっていったね。三年目には本当に素直な男になって帰っていったよ。
肥毒が抜けたんだろうね。肩に力が入るタイプだったんだけど、素直になって、「いい人生」って感じになったな。そんな感じで、土と同じで、ひとによっても時間のかかり方が違うんだよな。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第6話 肩こりみたいな症状が土の中で起きている

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第6話 肩こりみたいな症状が土の中で起きている

自然栽培には80年の歴史があって、昭和初期、全国に普及した時代があったんだ。当時は一般の農業(動物糞尿による)よりも無肥料のほうが収量が上がっているにもかかわらず、国の政策は化学肥料を導入して食糧増産というとき。無肥料なんて認められずに消えていってしまった。
次は昭和50年代にふたたび自然栽培の普及運動がはじまって、全国で実施された。しかし今度は何年経っても収量は上がらず、虫や病気に悩まされるという現状の中で、世の中からまた消えようとしている。原因を追究してみると、そこには半世紀前の土と現代の土に大きな違いがあるんだ。だけど誰もが気づかず、みすみす自然栽培を断念してしまっていたんだよ。

化学肥料を土に入れることで蓄積された、冷たくて硬い土の層を肥毒というんだ。書物では土の肥毒は3年で消えるって学んでいる。それじゃあ原因はなんなんだろうって思って、うちの組合の技術開発にお願いをして、土の中を掘り下げて見てみたの。そしたら、「消える」といわれていたものがまだ「ある」んだよ。冷たくて硬い肥毒がそこに。これが虫・病気の原因であり、収量をあげない原因だとわかったわけさ。それだけなんだ。肥毒がなくなれば収量は有り余るほどとれ、虫や病気はまったくなくなるって自然栽培の本では説いていたからね。

どうしたらいいかっていうことで、いろいろな想定……、土質では火山灰地、砂地、粘土地で肥毒を抜く方法を試して、5年間追跡調査してみたの。そしたらほぼ5年で、これだっていう原因がわかってきた。それをちゃんと解決したら、しっかり成績があがってきた。そこで発表しようと思ったけど、5年じゃまだ確信できないから、もう5年見てみようって結局10年見て。10年で「これでよし!」って確信を得た。先生が亡くなった後だし、どうやってこれを全国に広めようかと考えていた。そんなときに河名(秀郎 ナチュラル・ハーモニー創業者)さんと再会して、「全国から自然農法が消えてしまった原因がわかったよ!」って、みんなに報告することができた。

どの土でも肥毒の抜き方は同じ。基本は固まりになってしまっていて、人間でいえば肩こりみたいな症状が土のなかで起きているんだ。だから土が冴えないの。活力がでてこない。当時、肥毒をどうやって抜こうかとうちの技術開発部が考えたときに、着想を得たのは人間の肩こりを揉んで治すというもの。揉むと悪い血が流れていって楽になるから、「土も揉もうよ」と。はじめは機械で細かく砕いてみたんだけど、やっぱり3年放っておくと元に戻っちゃうんだ。
だから、毒をしっかり出してやらなくちゃいけない。出す方法として自然界はなにをやっているか考えてみたら、それは草木に吸ってもらうことだった。麦や、根の強いものを植えてどんどん吸ってもらったよ。吸ってもらった土はとてもよかった。それでもやっぱり少し肥毒が残ることは想定されるから、何年か後にまた抜こうといって、長いスパンで計画したんだ。肥毒を抜かないと虫や病気はでてくるし、雑草はでてくるし、収量はでないから。肥毒をとったあとは、なんともかんたんだったよ。収量はあがって、虫や病気はなくなるし、雑草もだいぶ少なくなったね。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
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