カテゴリー:高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」

高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第8話 先を見て農業をやっていく

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第8話 先を見て農業をやっていく

うち(自然農法成田生産組合)の規格は厳しいよ。わたしが代表にいたときにそうしたの。そのくらい厳しい基準を設けないと、農家も土づくりに真剣にならないからね。基準を甘くして、どうでもいいというふうにすると、農家の人たちは努力しなくなって、努力しないとお金にもならなくなる。結果、経済的にも農家にとってよくないことが起こる。
肥毒が抜けたいい土のほうが収量が上がるね。収量が上がらないと価格が上がって今度は消費者を泣かせるんだ。農家も自分たちの生活があるから、高く買ってよ、となる。だから、昔(の自然栽培の野菜)はいまの倍の値段だったよ。だけどこれは許されないだろうと思ったの。
そうして、農家が努力するにはどうすればよいかと考えて、組合の規格を経済連規格にして厳しくしてみた。それから、土がついたまま出荷してはいけないようにした。だって土つきだったら、虫がついていたとしても、ごまかせてしまっていたから。最初のうちは土の件にしても、反発をくらったよ。「消費者は洗わなくていいといっているじゃないか」とね。そのときはそれでも強引に押し切った。それは、そのほうが農家のためになるからと思ったから。消費者のためでなく、農家のためであることを強調してね。
最初は厳しくスタートしたんだけど、それから「洗わなくてもいい」っていう消費者がでたら、それがものすごく楽に感じるようになった。「選別もそれほど細かくやらなくてもいい」となったら、それもものすごく楽に思えたりね。厳しい後の楽は、ものすごく楽なの。
わたしだって先生に教えてもらっていたときは、鞭、鞭、鞭、だよ。絶対に先生は飴くれねぇんだ。ぶたれてぶたれて、「痛てぇよー」といったら、それでまたぶたれるんだ。「この野郎、冷てぇ野郎だなー」って思ったものだよ。それでもね、そんなんだから、たまーにくれる飴が、ほんとに甘く感じるわけさ。自分がそうされてきたから、この育てかたをおぼえちゃった。飴と鞭なら、鞭優先。そのひとを思えば、一瞬そのひとに恨まれるくらいわけないからさ。

最初の頃は草、草、草。同時に肥毒抜きの準備もしていたし、大変だったね。最終的にうまくいっているところを見ても、みんな「自分にはできない」ってなっちゃうもんな。「俺んちもう終わりだもん」とか「俺んちは将来の金が欲しいんじゃない。いま金が欲しいんだ」っていうんだ。それがいまの農業。明日の生活が大変だから、5年先10年先の準備なんかできない。もし、今年で農業を終わらせるつもりのひとたちだったら、自然農法はやらないほうがいいと思うよ。
よくいうのは、「ここまでできるのに、なんでやらないの?」ってこと。このあたりでも、あと10年後には農業人口は半分になっちゃう。そういう先のないひとたちはやらないね。だけど、人類はまだ続くだろう、世界で食糧は必要だろう、という人たちは、先をみたなかでこういう農業をやっていくといい。これだけチマチマやっていて、この広い田んぼ・畑がいつになったら全部変わるんだろうと思うけど、わたしたちにはその自信があるからね。それは自然があらわしている。自然規範のなかでの答えだから。
わたしが編み出した方法で、高橋流で考えてわたしがやっているんだとしたら、「高橋式自然農法」とか名前つけて本を書いてるよ。でもそれをやらないのは、わたしの農業っていうのは、ただ自然界が編み出してくれた農業だからなんだよね。わたしはただ自然を代弁してしゃべるだけのことでね。だから、自分で本を書くなんていうのは、おこがましくてできないわけ。いまでこそ、インターネットとかいろいろな資料のわたしの名前はでているけど、それらのなかには自分から出したものはひとつもないからね。

肥毒が化学肥料だけのときはよかったんだけど、最近の畑の土は汚れてしまっているから。「河名(秀郎 ナチュラル・ハーモニー創業者)さん、これわたしたちが生きているうちに間に合うかなぁ。もしかしたら間に合わないかもしれないよ」、「でも、やるだけやろうやぁ。何人かの犠牲はしょうがないだろ」って話している。
日本はいまも土を汚しているんだ。大変な時代にはいってしまったんだよ。化学肥料の時代だったら肥毒は5年で抜けたからもしれない。でもいまは、さらに5年くらい肥毒抜きしなくちゃいけない。からだに入ってしまったらなかなかでてこないんだ。最近取り組みはじめたひとたちの畑は虫の大発生だよ。うちのメンバーもそうだけど、10年目になって大量発生とかね。それで肥毒は抜けてきれいになったけど、その畑の大根を全部捨てなくちゃいけなくなった。しょうがないことだけどね。

「本当に当たり前のこと」(第1回参照)がみんなできないんだよな。事実がでちまえば、それがあたり前になったと思えたひとたちがあたり前の生活をしてくれるよな。みんな鞭の時代を過ごしているから、こんな飴をみるとみんな、「本当だ!」と思うから。だから最初は鞭、鞭でいこうと思っているんだよ。
鞭を浴びせられたひとはきっと、「痛てぇ、痛てぇ」っていったろうな。だけども、そのあと絶対に「ありがとう」という言葉がでてくるから。本当にみんなここから卒業した連中が、手紙なんかで報告をくれるんだよ。「やっと独立しました!」とか「今年からはじまりました!」とかね、そういう報告が全国から届くよ。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第7話 頭のなかの肥毒

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第7話 頭のなかの肥毒

自然栽培の教えにある自然規範。そのなかにもいろいろな項目があって、うちの研修生たちはその10項目をすべて学ぶの。一年居ようと三年居ようと。面接を受けるひとたちすべてにいっているのは、「うちからは一銭もお金はでないからな」ということ。畑で何時間働こうと、お金はでないよ、って。その代わり教習料はもらわない。その条件を飲んだひとたちが研修生になるんだ。前までは住み込みもやっていたけれど、いまはもうやっていないから、研修生はみんなアパートに入ってもらうしかないんだ。そうすると、アパート代と食いっぷちは稼ぐしかないんだよ。で、どうしようかとなったわけだけど、ちょうど隣町にナチュラル・ハーモニーの宅配センターがあったから、そこで週3回のバイトをやらせてもらえるようになったわけ。

で、ひとによっては週3でなく、毎日バイトをしないと生活していけない人もいる。そうするとね、毎日働かないといけないひとが、ひがみはじめるんだよ。だから、「ひがんだってなにも生まれないんだよ」っていってやるの。もしほかの人と同じ条件でやりたいのなら、ナチュラル・ハーモニーの始業時間、9時よりも前にうちに来て、就業時間の17時のあとにうちに来るしかないだろう、と。

そうしたらさ、本当にそういう時間に通ってくるわけよ。そうして学んでいって。ここでの研修で特徴的なのは、技術は学べないというところ。そういうものはアパートで一般書でも読んでくれてたらいい。うちでそこまで教えている時間はないからね。それよりも、自然を感知する能力をひっぱりだすことに集中する。
でもさ、ある40歳くらいの男性なんかは、それまでの過去や経験が邪魔して、その力が入っていかないケースもあった。頭のなかに肥毒があるんだよ。そのひとは、なにか教えてあげると、「そうですね」って返事をするんだ。ふつうは「そうですか」でしょ。「そうですね」ってのはつまり、「自分は知っています」ってことだよね。だからもう、わたしもいわなくなっちゃって。いってもらえないというのは辛いんだよ。

そう思ったから、それからは彼には特別に力を入れて指導するようにしたんだ。そうしたら、一年目のある日から一週間、畑にでてこなくなっちゃった。二年目なんか、一か月こなくなっちゃった。家の外から呼びかけていたらようやくドアが開いて、中からでてきたその男は、もう魂が抜けたようになっているんだ。そこで怒るでもなしに、「生きてるのがわかったから、帰る」っていって、わたしも引き上げてさ。そうしたらまた畑にくるようになったけど、またみっちり指導されるわけ。でも、それからはみんな以上に耐えていたな。

そこから彼は少しずつ変わっていって、みんなにかける言葉なんかもよくなっていったね。三年目には本当に素直な男になって帰っていったよ。
肥毒が抜けたんだろうね。肩に力が入るタイプだったんだけど、素直になって、「いい人生」って感じになったな。そんな感じで、土と同じで、ひとによっても時間のかかり方が違うんだよな。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第6話 肩こりみたいな症状が土の中で起きている

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第6話 肩こりみたいな症状が土の中で起きている

自然栽培には80年の歴史があって、昭和初期、全国に普及した時代があったんだ。当時は一般の農業(動物糞尿による)よりも無肥料のほうが収量が上がっているにもかかわらず、国の政策は化学肥料を導入して食糧増産というとき。無肥料なんて認められずに消えていってしまった。
次は昭和50年代にふたたび自然栽培の普及運動がはじまって、全国で実施された。しかし今度は何年経っても収量は上がらず、虫や病気に悩まされるという現状の中で、世の中からまた消えようとしている。原因を追究してみると、そこには半世紀前の土と現代の土に大きな違いがあるんだ。だけど誰もが気づかず、みすみす自然栽培を断念してしまっていたんだよ。

化学肥料を土に入れることで蓄積された、冷たくて硬い土の層を肥毒というんだ。書物では土の肥毒は3年で消えるって学んでいる。それじゃあ原因はなんなんだろうって思って、うちの組合の技術開発にお願いをして、土の中を掘り下げて見てみたの。そしたら、「消える」といわれていたものがまだ「ある」んだよ。冷たくて硬い肥毒がそこに。これが虫・病気の原因であり、収量をあげない原因だとわかったわけさ。それだけなんだ。肥毒がなくなれば収量は有り余るほどとれ、虫や病気はまったくなくなるって自然栽培の本では説いていたからね。

どうしたらいいかっていうことで、いろいろな想定……、土質では火山灰地、砂地、粘土地で肥毒を抜く方法を試して、5年間追跡調査してみたの。そしたらほぼ5年で、これだっていう原因がわかってきた。それをちゃんと解決したら、しっかり成績があがってきた。そこで発表しようと思ったけど、5年じゃまだ確信できないから、もう5年見てみようって結局10年見て。10年で「これでよし!」って確信を得た。先生が亡くなった後だし、どうやってこれを全国に広めようかと考えていた。そんなときに河名(秀郎 ナチュラル・ハーモニー創業者)さんと再会して、「全国から自然農法が消えてしまった原因がわかったよ!」って、みんなに報告することができた。

どの土でも肥毒の抜き方は同じ。基本は固まりになってしまっていて、人間でいえば肩こりみたいな症状が土のなかで起きているんだ。だから土が冴えないの。活力がでてこない。当時、肥毒をどうやって抜こうかとうちの技術開発部が考えたときに、着想を得たのは人間の肩こりを揉んで治すというもの。揉むと悪い血が流れていって楽になるから、「土も揉もうよ」と。はじめは機械で細かく砕いてみたんだけど、やっぱり3年放っておくと元に戻っちゃうんだ。
だから、毒をしっかり出してやらなくちゃいけない。出す方法として自然界はなにをやっているか考えてみたら、それは草木に吸ってもらうことだった。麦や、根の強いものを植えてどんどん吸ってもらったよ。吸ってもらった土はとてもよかった。それでもやっぱり少し肥毒が残ることは想定されるから、何年か後にまた抜こうといって、長いスパンで計画したんだ。肥毒を抜かないと虫や病気はでてくるし、雑草はでてくるし、収量はでないから。肥毒をとったあとは、なんともかんたんだったよ。収量はあがって、虫や病気はなくなるし、雑草もだいぶ少なくなったね。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第5話 入った毒は、自然がすぐに処理をしてくれる

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第5話 入った毒は、自然がすぐに処理をしてくれる

いい土には「温かい」、「柔らかい」、「水もち・水はけがよい」という三つの条件があるんだ。うちの畑の土はまさにその条件を再現しているから、みんなそれに驚くよ。

いい土の場合は、なにか汚いものが入ったとしても、作物には症状をださないで、その土自身がきれいにしてしまう。だって土には浄化するちからがあるからね。自然界では隣からなにか入ってきても問題ない。そんなものは浄化してしまう。自然が教えてくれているじゃん。でもいまの土は汚れているから、浄化しきらないで土からでてくるんだよな。汚れた水になっちまうんだ。
このあいだ、虫が大発生していたけど、自然栽培の畑には来なかった。よく「無農薬は虫だらけ」っていう先入観をもたれるんだけど、だからこそ安全なんだということを訴え続けるしかないんだ。虫が来るのには原因があって、それは環境がまだまだ本物になりきっていないからなんだよ。
隣にはごぼう畑があって、ゾウ虫みたいのがでるんだ。大量の虫だけど、ほとんど一般の畑のほうにいる。そりゃ、何匹かはこっちの畑にもきていたけどさ。まるで線を引いたようにこっちに来ないのは、うちのメンバーみんなが見たよ。あの虫はきっと毒を食いにいってたんだよ。きっと、その役目のもとに生まれたんだよ。窒素が好きなんだな。それが彼らにとっての餌なんだろう。だから、窒素がない自然栽培の土は彼らにはおいしくなかったんだろう。こっちには虫が来る必要がないから、心配いらないんだ。

窒素は作物づくりに必要だけど、化学肥料の窒素では人間の食糧はまかないきれない。そんなエネルギーではね。最初ね、農協の指導員に「お前らのやり方でやっていたら、食糧難を起こす」っていわれたんだよ。確かに当時は食糧難の量しかつくれなかったけど、いまじゃそのひともなんともいえないくらいになっちゃった。
うちの弟は役所で働いていたんだけど、「お前の兄貴ってすげぇなぁ」といってもらえるそうだよ。「あれが本当のやりかたなんだなぁ」って。みんな今だからそういうことをいってくれるよ。自然栽培でもやっていけるという事実がでたからね。
でも、当時の風あたりは強かった。「あんなやり方では肥料会社も農薬会社もつぶれちゃう」とかさ。研修生に、肥料や農薬をつくっている会社のひとがいるんだ。「あなたのところもそうだよな。戦争のときには鉄砲をつくったけど、今も鉄砲をつくってるか? 肥料や農薬を使わない時代がきたら、肥料や農薬つくっても仕方ないわけだよ」っていっているよ。肥料や農薬を使わない農法が広まれば、彼らみたいな大企業も考えるだろう。鉄砲がつくられなくなったみたいに、つくってもしょうがないものが消えていくかたちで、肥料や農薬も消えていけばいいと思う。つまらない理由づけで否定してくるひとの多いこと。でもいまはそれにも「なんでもいっていいよ」という態度をとれるようになった。なによりも強いものが事実だとわかっているからね。

いい土には「団粒」というものがあって、これは機械ではできないんだよ。堆肥がつくりだすの。だけど肥料の入った堆肥ではこうはならないんだな。この粒の一個一個が水を持ち、必要のないものは吐くっていう仕組みになっているんだ。水はけ、水もちのよい土ということだね。これを目指してみんな堆肥をいれてきたんだ。しかし、一般の土はこれがなくなってしまっているから、水はけがよいだけになってしまうのよ。だから、どんどん、どんどん乾燥していってしまうんだ。堆肥をぼんぼん入れていれても、どうも備わらない。肥料を昔の倍入れないとできないんだよ。最初のうちは、「水はけ・水もちがよい」ってなんのことだろう、と思ったの。だけど、よく育つところはみんなこういう土になことに気づいたわけ。で、見てみると、たしかに水はけ・水もちがよかったんだ。これが深ければ深いほど、力がある土なわけだ。しかし、我々のところはまだまだ浅いね。

団粒と微生物の働きもなにかしら関係あるだろうね。微生物を培養して養殖して放す、みたいな話も聞くけど、それがすべてだと考えるのも違うんじゃないかな。必要なときに微生物が来て、必要のないときには彼らはでてこないわけだから。だから人工的に必要以上に入れたら、弊害が起こるよ、きっと。栄養剤と同じでさ、栄養が足りてないから栄養剤やサプリメントで補おうとしても、からだは狂うよ。どうしても考え方がそっちに偏るんだよな。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

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高橋博の「自然がなんでも教えてくれる」| 第4話 はじめは「一」でいい

高橋博さん

『マーマーマガジン』20号の農特集でお届けした、自然栽培を続ける、高橋博さんのお話。21号からはじまった連載を、マーマーな農家サイトに場所を移して続けていきます。高橋さんの語り口調そのままにお届けします。
構成=服部みれい/再構成=松浦綾子

第4話 はじめは「一」でいい

食の世界がなぜ「安心・安全」なんていうようになってしまったのか(第1話参照)という話。本当に「安心・安全」を求めるのなら、まずそのひとと会うことが大事なの。文章や絵で伝えると、間違いが生まれることがあるからね。そのやり方はいままでやってきてさ、それで信用を得ようとしてきたけど、それは本当の信用じゃないんだよ。
だって、スーパーのPOPに顔写真が載っているだけで消費者は「安全」だと思っちゃうんだから。「安心」はそれで買えるの。だけど、POPに顔が出ているからといって、農薬を使っていないとは限らないでしょう? 「安心・安全」っていう言葉がセットになっていることがまず間違いなんだ。「安心」と「安全」はまったく違うよ。安心して買えるものが安全かといえば、それは保証されていない。それにしても、どの世界でも安心・安全という言葉が流行のごとく使われているね。本当におもしろい時代になったものだと思うよ。

まずは、生産者が消費者と直に会っていく。これも「一」でいいんだ、まずは。そして、そのわかってくれた「一」のひとが口コミをしていく。実体験からいろいろなひとに伝えていく。これがひとつの基本パターンだね。
でもそれだと時間がかかってしまうから、セミナーみたいな方法で大勢を集める。そこでわかっていってもらうという方法がふたつめ。みっつめは、セミナーでもよくいっている、消費者に生産現場に来てもらって、生産者と話すこと。書物を通した情報発信は、必ずつくられている部分があるから、自分の目で確認にいくのが一番いいことなんだ。そこに実情があることを直接確かめる。

以前、ある消費者団体と一年間お付き合いしたことがある。そこのメンバーたちは「自然栽培の野菜を扱いたいなら千葉の高橋博に聞いてみろ。ただあのひとはちょっとうるさいから、こころして行けよ」っていわれていたらしいんだけど、農園へやって来てうちの歩みとか理論とかを話しているうちに「あれ、ふつうのひとじゃない」ってみんな感じたみたいで、「ぜひ勉強したい!」って。特にリーダーのおばちゃんが主体となって、わざわざ埼玉から千葉まで週に1回、勉強に来るんだ。こっちも一生懸命になって教えていたら、そのひと「毎日でもいい!」っていいだして。それはさすがにこっちがたまらないからやめてもらったけれど。
1年の勉強が終わったときに、本当にその女のひとが変わったんだよ。最初は、リーダーだけど、みんなが止むを得ずについてくるようなリーダーだったの。だから二人でいたときに、「あなたの組織、もう崩壊するよ」っていったの。「なんでですか?」っていうから、気付いた部分を教えてあげて、そうしたらそこから変わっていった。
そうしてやっているうちに、原発の問題が起きて、農家にいろいろな負担がかかってきた。彼女らは野菜を仕入れて会員みんなに分けているんだけど、会員にはちょっと高く買ってもらうんだ。その上前をはねて、積み立てておいてくれるんだよ。「高橋さんたちがいつかなにかで必要が生じたときに、使ってもらえるように集めています」って。自然栽培だけじゃなくて、そこまで勉強したからね。もうみんな50代のおばちゃんだけど、この農法のことを理解してくれてね。それも、この基本の考え方に惚れたんだろうな。

自然農法を理解してくれるひとたちって、健康志向で、子育てしているひとが多いんだ。子どもに安全なものを食べさせようとしている若いお母ちゃんとかね。「そのレベルじゃもったいないんだよー」っていったの。「あなたたちにも勉強になることがあるんだよー」って。「自然栽培の考え方は、あなたたちが組織をつくっていくにあたっての秘訣も学べるよー」って。そうやって生産者と消費者と流通の三位一体でやっていると、少しのミスくらいなら、許してもらえるんだ。お互いをよーく知っているからね。

今は、消費者も生産者も、やられればやりかえす、という姿勢になってしまっている。流通の都合で農家を泣かし、農家の都合で流通や消費者を泣かし、消費者の都合で農家を泣かし、ってね。そこになにが生まれる? 発展はないよね。
こんなこともあった。市場の競りのときにね、「何十番、高く競れ」って裏でやられるんだ。そうしてお金を稼ぐんだよ。全国どこの農家もそうやっているから、やらないと売れないんだ。そんな世界があたり前になっちゃうんだ。それがこの社会であり、この商売なわけだ。

そんななかでやってきて、ずっとおかしいよなぁ、と思ってはいたわけだよ。なんでそこまでしてお金とらなくちゃいけないんだろう、って。そこまでしないと農業ってできないの? って感じていた。わたしは農業って、もっと純粋なひとがやるものだと思っていたけれど、そうじゃなかった。だから20代のころに一度やめようと思ったの。
だってそうやって、人をだましながら一生を終えるのはいやだったからね。そのために生まれたんだとは思いたくなかった。だから農業に純粋さを求めたんだけど、「そんなきれいごとじゃ世の中渡れないよ」って言われちゃうわけ。「そんな甘ちゃんでは世の中渡れないよ」ってね。でもね、そんな純粋さを追い求めて、自然栽培と出合って、甘ちゃんでここまで生きてこられたよ。

高橋博(たかはし・ひろし)

1950年千葉県生まれ。自然栽培全国普及会会長。自然農法成田生産組合技術開発部部長。1978年より、自然栽培をスタート。現在、千葉県富里市で9000坪の畑にて自然栽培で作物を育てている。自然栽培についての勉強会を開催するほか、国内外で、自然栽培の普及を精力的に努めている。高橋さんの野菜は、「ナチュラル・ハーモニーの宅配」にて買うことができる。
http://www.naturalharmony.co.jp/takuhai/

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